FC2ブログ
カレンダー
08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
プロフィール

OASI-Z

Author:OASI-Z
札幌市出身で現在新潟市在住のOASI-Z(オアシーズ)です。
10歳の時に兄の影響で洋楽に目覚めたものの、80年代後半から急にロックがつまらなくなり、「競馬必勝法」の研究に没頭するようになる。その間、約15年以上のブランクがあったものの、2006年頃から空白を取り戻すかのように、洋楽を聴き始め今日に至っております。
音楽以外では、競馬を含むスポーツ鑑賞。サッカーJ1、アルビレックス新潟の熱心じゃない サポーターとしても活動中。

検索フォーム
QRコード
QRコード

俺達の亜米利加

American PieAmerican PieAmerican PieAmerican Piechichikichi.jpgAmerican Pie
Breakfast in AmericaBreakfast in AmericaI Stand AloneBreakfast in AmericaBreakfast in AmericaBreakfast in America

9.11の首謀者死亡で盛り上がるアメリカ
アメリカにとって9.11という日は、日本にとっての3.11と同じくらい
忘れられない特別な日として、国民の心に刻まれているのだと思う。

そこで「今日の5曲」は、タイトルに「アメリカ」が入る曲を選んでみました。

今日の5曲
1.アメリカ/サイモン&ガーファンクル
2.アメリカ・アメリカ/スピナッチ
3.アメリカの歌/ポール・サイモン
4.アメリカン・パイ/ドン・マクリーン
5.ブレックファスト・イン・アメリカ/スーパー・トランプ
bonus track
金色の髪の少女/アメリカ





先ず1曲目は、サイモン&ガーファンクル(←この&は「アンド」と読まずに
「と」と読みます)の「アメリカ」です。
この曲は1968年のアルバム『Bookends』に収録されているナンバーですが、
日本では1971年の秋にシングル・カットされて、ヒットしました。
この数日で、この曲のyoutubeに対する英語のコメントが増加したのは、我々
日本人から見ても、感慨深いものが有ります。

尚、この曲は以前にも取り上げた事があるのですが、その時とは違うライヴ
ヴァージョンの動画をエントリーさせていただきました。

続きを読む

THEME:洋楽ロック | GENRE:音楽 |

1973年、11月の洋楽ヒット曲

皆さんは1973年(昭和48年)って、何をしていましたか?

ナニ?まだ、生まれていないって?「新しいねぇ~」(←豊川悦司のCM風に)

私はこの年、小学6年生だったのですが、ラジオばかり聴いていましたね~。
(別に友達が居なかったわけでは無く(汗)、友人間で洋楽を聴く事が一種の
ステイタスになっており、意味の解らない外国語の歌を聴く事で、少し背伸び
した、大人の階段を昇るような気分に浸っていたのです)

そのうち聴いているだけでなく、参加したいという気持ちが沸々とわき出して
ラジオ番組にリクエストをするという行為に及びました。

そして、当時STVラジオ(北海道ローカル局)で日曜の午後から公開生放送
いていた「サンデー・ジャンボ・スペシャル」という番組を、実際に会場のSTV
ホールまで観に行き、放送に何度か参加した事は、ガキんちょのOASI-Zに
カルチャー・ショックを与えたものです。


「CMが流れている時は、こういう風になっているのか」

「電話の相手と話す時は、受話器持たなくても音声が会場に流れるんだ」

「前に居るオジサンが手を回したら、全員で拍手をするんだ」

「このアナウンサーは、こんな顔をしていたのか(笑)」


というラジオ番組の裏側に潜入したような、色々な発見がありましたね~♪。

この番組で特に人気があったのは、笹原嘉弘アナ(通称ササッパラ)の進行
による「ダジャレ道場」のコーナー。

確か、その回のテーマにそった「ダジャレ」を、公開していたSTVホールで、
または電話で参加・発表し、評価をしてもらうというもので実に「ローカル臭」
漂う企画でした。

まぁ、私も電話で参加しようと何回か「ダジャレ」を考えたのですが、結局
電話する勇気がなかったですね~。


そんなこんなで、前置きが長くなりましたが1973年11月にヒットしていた
洋楽から「今日の5曲」を選んでみました。

1.落葉のコンチェルト/アルバート・ハモンド
2.愛の伝説/ミッシェル・ポルナレフ
3.友に捧げる讃歌/アート・ガーファンクル
4.ブラザー・ルイ/ストーリーズ
5.悲しみのアンジー/ザ・ローリング・ストーンズ



落葉のコンチェルト/アルバート・ハモンド

この「落葉のコンチェルト」、実は昨年のこの時期(ポッキーの日)にも
取り上げているのですが、落葉の季節は何故か無性に聴きたくなります。



愛の伝説/ミッシェル・ポルナレフ

「愛の願い」「愛のコレクション」「愛の休日」そして「愛の伝説」・・・。
ポルナレフが英語と仏語をミックスして歌った「愛の」シリーズ完結編。



友に捧げる讃歌/アート・ガーファンクル

ソロ活動では、ポール・サイモンにやられっぱなしのアート・ガ-ファンクル
放った起死回生の名曲。心に染みます。



ブラザー・ルイ/ストーリーズ

「ルイルイ」は合計で何回出てくるか?というくだらない事が、ラジオで
盛り上がったストーリーズの、ファンキーなヒット・チューン。



悲しみのアンジー/ザ・ローリング・ストーンズ

OASI-Zにとって、ローリング・ストーンズのリアルタイム初体験はこの曲。
アルバム『山羊の頭のスープ』のアルバムジャケットも、印象的でした。
晩秋に相応しいバラード・ナンバーです。

----------------------------------------------------------

このエントリーをする為に、ネットで調べておりましたら前述のSTVの
笹原嘉弘さんは、今年初めにお亡くなりになったようですね。
私に影響を与えた思い出深い方が、また一人居なくなってしまいました。

ご冥福をお祈りいたします。


THEME:'70年から'80年の洋楽 | GENRE:音楽 |

1971年9月の洋楽ヒット曲

北海道に住んでいた子供の頃、10月下旬ともなれば初雪が降って、
11月中旬には根雪になり、翌年の4月下旬迄、土の上で遊ぶことが
出来なくなりました。(今から40年以上前の札幌の山奥の話ですよ~)
そのため、短い夏の期間はとにかく土の上で遊んだのです。

一番思い出深いのは、大きな「野球盤」を土の上に作った事。
当時でもエポック社の「野球盤」はありました。でも、それは「誕生日」
「クリスマス」にしか買ってもらえなかったので、僕たちはそれを
空き地の土の上に作り上げたのです。

先ず、釘で土の上にホームベースの位置を決め、そこを基点に左右の
ファウルラインを釘で線を引く。
そして、その左右に伸びたレフトとライトの位置を結ぶラインを、扇形に
線を引いていく。
そこが、外野フェンス。そこを超えると「ホームランゾーン」になります。

そして、ファースト、セカンド、サード、ショート、レフト、センター、ライト
の位置の土を少し掘って「窪み」をつけます。この辺は「野球盤」と一緒。

これで、野球場が完成です。
ホームベースから外野フェンスまでの距離は、両翼で大体5~6m位、
センターの一番深いところは、7~8mだったでしょうか?

ルールは「野球盤」同様に、基本的には二人で遊ぶゲームで、守備側は、
先ずピッチャーが、ビー玉(笑)を攻撃側のバッターに転がして、それを
バッターが「手頃な大きさの木の板(大笑)」で打ち返すのです。

バッターが打ったビー玉が、守備位置に掘った窪みに落ちれば1アウト。
運よく落ちなかった場合は、①守備側②攻撃側の順番でビー玉をファースト
ベースに向かって弾いていきます。
少し大きめに釘で書いた1塁ベースに、守備側のビー玉が早く到達すれば
アウト。攻撃側の方が早ければセーフとなり、ビー玉を1塁ベース上に残し
試合再開。

「そんなの、思いっきりビー玉を打ち返せばホームランになるんじゃないの?」

ところが、ホームランゾーンは幅が約15cm位に設定されており、そのゾーンを
の中に入らないと「ホームラン」にはならないのです。そのゾーンを越えてしまうと
「無条件にアウト!」になるルールなのです。
だから、無闇やたらにホームランばかりも狙えないのです。

「ビー玉と野球」の二つを合体させた、野性味溢れるゲームなのですが(笑)、
僕たちは小学生のころ上級生の子からそれを教わり、自然に覚えて行きました。

しかし、外の土の上で遊ぶ事が大好きだった少年も、小学4年生の頃から
めっきり遊ばなくなったのです。
その理由は、ラジオで流れる洋楽ばかりを聴くようになったからです・・・。

---------------------------------------------------------------

そんな事で「今日の5曲」は、OASI-Zが初めて洋楽を聴いた、思い出深い
1971年9月の洋楽ヒット曲にスポットを当てみたいと思います

1.涙のハプニング/エジソン・ライト・ハウス
2.恋のかけひき/ハミルトン・ジョー・フランク&レイノルズ
3.黒い炎/チェイス
4.シェリーに口づけ/ミッシェル・ポルナレフ
5.アメリカ/サイモン&ガーファンクル


続きを読む

THEME:洋楽ロック | GENRE:音楽 |

『the70's②を聴きながら』(後編)

31TbCDPWosL._SL500_AA300_[1]

【今日の5曲】  ~テーマ『the70's②を聴きながら昔を懐かしむ特集』(後編)~
4.悲しき鉄道員/ショッキング・ブルー
5.愛の休日/ミッシェル・ポルナレフ

1970年代の前半、私はラジオをこよなく愛する小学生でした。

特に「洋楽ヒット・チャート」ものが大好きで、当時住んでいた札幌の
ローカル・ラジオ「STVラジオ」(←札幌テレビラジオって変じゃね?)で
月曜~土曜の17:00~17:30に放送していた「はい、ダイヤルリクエストです」
というラジオ番組に、学校の帰り公衆電話から洋楽好きの友人と、
リクエストをよくしたものです。

他では、同じSTVラジオ日曜午後の「サンデー・ジャンボ・スペシャル」とか
日曜朝8:00から、亀淵昭信さんの「ポップス・ベスト10」とか、みのもんたがDJの
「オール・ジャパン・ポップス20」や土曜深夜にあの「ラングラージーンズ」の提供で
アメリカ・ビルボードのチャートを紹介していた「ラングラージーンズ・ビルボード」
日曜お昼に放送していた、番組名を忘れた番組(汗)などをこよなく愛しておりました。

これらの放送のランキングを毎回ノートに記入し、1年が終わる頃にノートに
まとめた年間ランキングを自分で集計して「年間1位」を予想して楽しむという、
いたって普通の小学生時代を過ごしました。

当時は「ラジカセ」なんていう「文明の利器」は我家には無く(涙)
ノートへの記入は、いつもリアルタイムの放送を聴きながらという「緊張感」が
有りました。

朝早い番組の為に、寝る前にラジオとノートと鉛筆を枕元に置いて寝たり、夜遅い
番組の為に仮眠をとって夜に備えたりといった、涙ぐましい努力も忘れられません。

また、自分の都合でラジオを聴けない時は、洋楽好きの友人にノートを渡し、
ラジオを聴いてもらい「ランキングの記入」をお願いしたことも有りました。

1970年代の前半という時代に「洋楽」を聴くことは、本当に大変だったんですよ(笑)

今は、こんな便利なCDが安く手に入るんですから。夢のような時代です・・・。

逕サ蜒・002_convert_20100422213800
逕サ蜒柔convert_20100422213719

という事で、先日の続きで4曲目はショッキング・ブルー「悲しき鉄道員」です。
ショッキング・ブルーはオランダのバンドで、当時日本ではかなりの人気がありました。
大ヒット曲「ヴィーナス」を始め、「ショッキング・ユー」(この曲は1971年の上記の
“はい、ダイヤルリクエストです”年間ランキング2位!)といった日本人好みの
「歌謡曲」っぽい、哀愁を感じさせるメロディ・ラインが特徴でした。
この「悲しき鉄道員」「悲しき恋心」「悲しきハプニング」「悲しき三部作」
言われ大ヒットしたナンバーです。
でも70年代前半、「鉄道員」は花形の商業だったんですかね?
当時日本では、まだ「JR」ではなく「国鉄」と言われていた時代ですからね。

それにしても「鉄道員に恋をしちゃダメ、だめ、だめ、だめ」と言われてもね。
機関車トーマスの立場は、どーなる?



そして、最後の曲はミッシェル・ポルナレフの1972年の大ヒットナンバー
「愛の休日」です。
上記で、ショッキング・ブルーの「ショッキング・ユー」の1位を阻んだのが、
このミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」でした。
サングラスをした顔に、フランス語の甘いヴォーカルが当時、日本の女性ファンの
心を奪ったのです。まぁ、サングラスの下の顔はよく分からないんですけどね(笑)。
またこの人、ヌードになって股間を帽子で隠した写真が披露されるなど、アイドル
らしからぬ話題も、振りまいてくれたものです。
このポルノレフポルナレフも「愛の願い」「愛のコレクション」「愛の伝説」など
「愛のシリーズ」
の邦題が、彼の爆発的な人気の一因になったと言えるでしょう。

当時の洋楽ポップスは、いかに気の利いた上手い「邦題」をつけられるかどうかで
ヒットに結びついていた感がありますね。



ところで、あの時のノートはどこにいったんだろうな・・・。

THEME:洋楽ロック | GENRE:音楽 |

『the70's②を聴きながら』(前編)

31TbCDPWosL._SL500_AA300_[1]

【今日の5曲】  ~テーマ『the70's②を聴きながら昔を懐かしむ特集』(前編)~
1.カリフォルニアの青い空/アルバート・ハモンド
2.さよならを教えて/フランソワーズ・アルディ
3.僕の歌は君の歌/エルトン・ジョン

満開だった桜も、連日の雨で散って来ました。
今年は寒さのせいで、開花が遅く咲いてからも3分咲きくらいでずーと推移して
長い期間、我々を楽しませてくれたんですけどね。

寒さのせいか、桜の花の色もいつものピンクじゃなくて、少し「色白のピンク

まぁ、そん中でも飲み会が連日あったり(別に花見じゃないんだけど)、仕事も
決算の時期になって一年の中でもピークの状態で、正直家に帰っても音楽すら
殆ど聴けてない状態(涙)。

何を聴きたいのか自分でもよく分からない時は、自分の原点である
「70年代ポップス」を聴いて、毎日が希望に溢れていた少年時代(笑)を
想い出して、懐かしい気分に浸るのも良いんじゃないかな~と思います。

今日取り上げた『the70's②』は5月9日に閉店するTSUTAYA新潟ラヴラ万代店
(最初はVirgin Megastores)でsaleをやっていて、中古盤50%(国内盤20%)
ということで、中古盤980円の半額で購入したものです。
実は『the70's③』も持っているのですが、そのCDも2年前に石丸電気新潟店の
閉店セールで70%OFFで購入したもの。
こういう「オムニバス盤」って興味は有るんだけど、正規の値段ではちょっと
手が出ないですね(苦笑)。

という事で先ずは1曲目、日本では1973年にリリースされたアルバート・ハモンド
大ヒットナンバー、「カリフォルニアの蒼井そら青い空」です。
この曲は日本では確か冬にヒットしたはずですが、北海道の雪に覆われた
大地の中で「カリフォルニアは今日も青空なんだろうか?」と、遠いアメリカを
地図で見ながら思いを馳せたものです。
しかし、歌詞の方は「TVや映画スターを夢見てカリフォルニアに来てみたが、
現実はそんなに甘いもんじゃない」「雨が降らないどころか、土砂降りだ」と
嘆いた内容で、邦題と曲調から受ける穏やかなイメージとは、かなりかけ離れて
いるんですね~。



2曲目はアンニュイな雰囲気と、可憐な歌声が魅力のフランソワーズ・アルディ
1968年に発表した「さよならを教えて」です。因みに日本ではかなり遅れて
1973年にヒットしました。
いわゆる「フレンチ・ポップス」が日本の洋楽チャートを賑わしていた時代で、
男性ではミッシェル・ポルナレフ、女性ではシルヴィ・バルタンなんかの人気が有りました。
どちらかというとシルヴィ・バルタンは、アイドル的な人気を誇っていたのですが、
このフランソワーズ・アルディは「大人の女性」というイメージでしたね



3曲目は不朽の名作、エルトン・ジョン「僕の歌は君の歌(Your Song)」
です。
1971年に発表されたこの曲、リアルタイムでは残念ながら聴いていません。
私がエルトンの歌で最初に聴いた曲は、この後に発表された「イエス・イッツ・ミー」
でした。(私が洋楽のシングル盤で初めて買ったのもこの曲)
その後「クロコダイル・ロック」「ダニエル」「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」
次々とヒット曲を連発して、大スターへの階段を駆け上がっていったのですが、
この「僕の歌は君の歌」の発売当時は、エルトンの知名度もまだそれほどでは
無かった事から、日本では爆発的なヒットには至らなかったんですね。
叙情的なメロディと哀愁を帯びたピアノとヴォーカルは、何年たっても色褪せる
ことは有りません。



4曲目、5曲目は明日に続きます・・・(多分)

THEME:洋楽ロック | GENRE:音楽 |
oasiのつぶやき
Yahoo!ニュース