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プロフィール

OASI-Z

Author:OASI-Z
札幌市出身で現在新潟市在住のOASI-Z(オアシーズ)です。
10歳の時に兄の影響で洋楽に目覚めたものの、80年代後半から急にロックがつまらなくなり、「競馬必勝法」の研究に没頭するようになる。その間、約15年以上のブランクがあったものの、2006年頃から空白を取り戻すかのように、洋楽を聴き始め今日に至っております。
音楽以外では、競馬を含むスポーツ鑑賞。サッカーJ1、アルビレックス新潟の熱心じゃない サポーターとしても活動中。

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1980年12月8日

JohnWalls And Bridgessometime in new york city
Double Fantajyimaginerock'n rollMind Games

【今日の10曲】  ~テーマ『29回目の12月8日』~
1.真夜中を突っ走れ/Whatever Gets You Thru The Night
2.女は世界の奴隷か/Woman Is The Nigger Of The World
3.インスタント・カーマ!/Instant Karma!
4.スターティング・オーバー/(Just Like)Starting Over
5.思い出すんだ/Remember
6.真実が欲しい/Gimme Some Truth
7.冷たい七面鳥/Cold Turkey
8.夢の夢/#9 Dream
9.スタンド・バイ・ミー/Stand By Me
10.アウト・ザ・ブルー/Out The Blue


今日の5曲は、特別編として「今日の10曲」にタイトルを変更して
12月8日に29回目の命日を迎えるジョン・レノンを特集します。

私がジョン・レノン死亡の一報を聞いたのは1980年12月9日でした(日本時間)。
当時、私は大学一年生で学校の寮に住んでおり、その同室人から聞いたのです。
ただ、部屋にはテレビも無く(勿論インターネットが有るはずも無い)、
なかなか事実確認が取れなかったのですが、ラジオのニュースを聞いて
「どうやら、本当らしい・・・」という事が分かりました。

特にジョンのファンと言うわけでも無く、ビートルズにしても完全に「後追い世代」。
所有していたのは「サージェント・ペパーズ」「赤盤」「青盤」のみ。

ビートルズのメンバー個々のソロ活動にしても、「シングル・ヒット曲」を
ラジオのチャート番組で確認するだけ。
中高生時代の私は、少ない小遣いを「プログレ」や、「グラム・ロック」等の
リアルタイムな音楽に注ぎ込んでいたのです。

その後80年代に入って、プログレッシヴ・ロックが完全に衰退し(涙)、
テクノ、パンク、ポスト・パンク(ニュー・ウェーヴ)といった、実に多様化
した音楽が流行するようになりました。

そんな矢先の、1980年12月1日にジョン・レノンが約5年ぶりに
ニュー・アルバム「ダブル・ファンタジー」を発表しました。

大学に入りバイトで多少自由になる小遣いが増え、

「これを機会にジョン・レノンでも聴いてみよう」

と思い立った私は、その「ダブル・ファンタジー」では無く(汗)、
「ジョンの魂」を大学の生協に注文したのが12月7日でした。
(何故、生協に注文したかというと20%引きでレコードが買えるから(^^ゞ)

でも、自分が「ジョン・レノンを聴いてみたい」と思ったその数時間後に、
ジョンはこの世を去ってしまったのです


注文した「ジョンの魂」が私の手元に届いたのは、
年が明けた1981年の1月20日過ぎでした。
(当時、どのレコード店もジョンのレコードは売り切れ状態でした)

届いたレコードの帯には

「追悼盤」という文字がプリントされておりました。

その三文字がなんとも痛々しく、手にしても暫くはそのレコードを
聴くことが出来ませんでした。

もう少し早く注文していたら「追悼盤」では無かったのに・・・
そう思うと、なんとも切ない気持ちになった事を思い出します。

以後、毎年「12月8日」
ジョンの曲を聴いて過ごすようにしています

Collection

この写真は、ジョンが亡くなる当日の朝に撮影されたものです。
少し緊張した顔に見えますが、「音楽活動再開」に向けた
強い「決意表明」にも取れます。

この数時間後に悲劇が訪れるのかと考えると、
居たたまれない気持ちになります。

ジョン・レノンは40歳で、永遠になりました。
その時19歳だった私も、とうに40歳を超えてしまいました。
自分の今の年齢を考えると、40歳で逝くのは余りにも早過ぎた
と思います。
もし、生きていてその後も音楽活動を続けていたら、
どれだけの名曲が誕生していたのでしょうか。

でも、ジョンは健在でも現在のボブ・ディランのようには
なれなかった気がします。
何故なら、ジョンはロックン・ローラーだから・・・。

因みに「今日の10曲」の選曲は「愛と平和」のジョン・レノンを
出来るだけ排除しました
「イマジン」「ウーマン」は、ジョンの本質的な歌では
無いと思うから・・・。

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THEME:洋楽ロック | GENRE:音楽 |
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