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プロフィール

OASI-Z

Author:OASI-Z
札幌市出身で現在新潟市在住のOASI-Z(オアシーズ)です。
10歳の時に兄の影響で洋楽に目覚めたものの、80年代後半から急にロックがつまらなくなり、「競馬必勝法」の研究に没頭するようになる。その間、約15年以上のブランクがあったものの、2006年頃から空白を取り戻すかのように、洋楽を聴き始め今日に至っております。
音楽以外では、競馬を含むスポーツ鑑賞。サッカーJ1、アルビレックス新潟の熱心じゃない サポーターとしても活動中。

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戦慄の王女

QueenⅠ

1973年(日本では'74年)に発表された、クイーンのデビューアルバムは
今から思うと、ツッコミどころ満載だったと思います。

先ずバンド名ですが、何故「男4人」なのにクイーンなのか?
私は最初、このバンド名を聴いた時、「女性グループ?」だと思いましたね。
キング・クリムゾンはまだ分かるけど、クイーンですからね・・・。

クイーンは「同性愛」指すスラングだとか、イギリスは女王の国だからとか。
まぁ、真実は良く分からないのですが(汗)、この名前のおかげで注目を
集める事になったのは、間違い有りません。

アルバムの邦題も「戦慄の女王」ではなく「戦慄の王女」なのは、当時の
レコード会社の担当者が、雰囲気で「女王」の使用を避けたというもの。
(ウィキペディア調べ)

また、ベーシストのジョン・ディーコンの名前が、この1stアルバムでは
「ディーコン・ジョン」になっている事。

Queen LinerNotes3
アナログ盤のライナーノーツより

実際、アルバムにプリントされたのクレジットにも「DEACON JOHN」
なっております。

QueenⅠMember 

これについては、クレジットミスではなく、メンバーの意図により逆にした
方が響きが良いという事でそうなったらしい。(ウィキペディア調べ(笑))

まぁ、「ジョン・レノン」も居れば「エルトン・ジョン」も居るわけで「ジョン」
苗字にも名前にも使える便利な名前だったので、全く違和感も無く
過ごしていましたけどね。
日本でいう「マツオさん(松尾さん、松雄さん)」とか「マユミさん(真弓さん、
真由美さん)」みたいな感じでしょうかね~(笑)。

更にアルバム・ジャケットが、当初のアナログ盤と現在のCDで異なること。

QueenⅠ

これについて当初国内盤は、米国盤のみの強いジャケットを使用して
いたのですが、現在のCDでは英国盤と同じ色のデザインに統一されて
いるとの事です。

私なんか、最初このCDのジャケットを見たとき「別のアルバム?」と勘違い
したほどですから・・・(汗)。

でも、サウンドの方は本当に衝撃的でした。
「これから歴史を作るであろう」新しいバンドの登場を待ち望んでいた
OASI-Zにとって、この1stアルバムは十分、期待に応えてくれたのです。

クライマックスをヴォーカルのシャウトで決めるハード・ロック・タイプとは
違う、コーラスでハモるスタイルは、とにかく斬新でした。

また、「4オクターブの声域」を持つフレディのヴォーカルは、ドラマチック
なクイーンのサウンドに重要な役割を果たし、フレンチ・ホルンの音も可能
ブライアンのハンド・メイド・ギターの独特の音は、新時代の息吹を感じ
させてくれたものでした。
(ヴィジュアル系のロジャーのルックスも、大きな話題を呼びました)



Liar/Queen

それまでのハード・ロック・バンドは、ルックスよりは中身重視。グラム・
ロックにはマーク・ボランや、デヴィッド・ボウイというヴィジュアル的
に華があるスターが居たのと対照的に、ハード・ロックというと暑苦しい
長髪にベルボトム・ジーンズが定番でした(苦笑)。

しかし、このPVを観ても分かるようにクイーンのファッション・スタイル
は、ハード・ロック・バンドとしては革命的でした。
特に、ブライアン・メイ「袖がひらひらした服」は演奏に支障がある
のでは?と余計な心配をしたものです(笑)。

-------------------------------------------------------------

余談ですが、クイーンといえば忘れてならないのが大貫憲章氏。
当時、憲章氏が渋谷陽一氏のラジオで、クイーンの新譜紹介する時には
必ずゲストに呼ばれ、自己紹介をする時に「クイーンの大貫憲章です」
いうフレーズを、半ば自嘲的に(失礼)使っておりました。

OASI-Zが中学時代、放送室をジャックして「お昼の放送」で、このアルバム
を持ち込み、デビュー・シングル「炎のロックン・ロール:Keep Yourself
Alive」
を全校に流した話はここでも紹介しましたが、OASI-Zもその放送で
「クイーンの○○です」(←○の所はOASI-Zの本名)を借用したのは、言う
までも有りません。

でも、放送を聴いていた生徒の誰一人も大貫憲章氏の事を知っている人は
居なかったので、全く「つかみ」にならなかった事を報告しておきます(爆)。


Queen LinerNotes2
勿論、ライナー・ノーツは大貫憲章氏


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THEME:洋楽ロック | GENRE:音楽 |

COMMENT

Queenは初めてアルバムを全部集めたバンド。
1stもわりと早い段階で買いました。
2ndがYES、3rdがビートルズ、なんて評価する人も多いですが、やっぱり1stはZEPでしょう。
ブルース臭さはないですが、しっかりとハードロック史に爪痕を残していますよね♪

デビューしたころは、まだ3~4歳ですね(^^;
中学生くらいのころになんとなく存在を知ってアルバムを集めたのは、フレディが亡くなるちょっと前かな。
音楽的にも衝撃的な曲が多かったですが、フレディが同性愛者だったのが一番衝撃的でしたね(笑)

ryoさん、いつもコメントありがとうございます。

Queenがデビューした時は「ハード・ロックの新星」と言われた
ものです。
しかしデビューが、あのBad Companyと同時期であった為
「スーパー・グループ」と「新人バンド」の差で、ロック雑誌の
取り扱いはBad Companyの方を上に見ていた記憶が有ります。

この1stは今聴いても、音の緊張感が凄いですね。
この張り詰めた音の緊張感は、当時から「Zeppelin Ⅳ」を彷彿
させるアルバムだと感じておりました。
そして「Led Zeppelinの後継者」としてハード・ロック界を
背負っていくのだろうと思っていたのですがね~。

kazupさん、コメントありがとうございます。

おぉ、kazupさんさんもQueenファンでいらっしゃったのですね。
フレディが亡くなった時、私はロックよりも競馬の方に興味が移って
いた時でしたが、HIVに感染していることを公表した翌日の死は、
物凄いショックを受けたものです。

その1ヶ月後にメジロマックイーンが、まさかのダイユウサクに負けた
のもショックでしたが・・・(汗)。

おぉ、ライナーもディーコン・ジョンになってたんですか(笑) でもレコードのクレジットがそうなっていたら、それに準じて書いてしまいますよね。
しかしこの直後にハードロックの金字塔となるアルバムを作ってしまうのですから、クイーンの創作意欲は凄まじいですね。ファーストも素晴らしいですが、まさか次のアルバムがあんな風に変化するとは誰も想像つかなかったんじゃないでしょうか?

いたち野郎さん、いつもコメントありがとうございます。

そうなんですよ「ディーコン・ジョン」になっていたんですよね~。
でも、2ndでいきなり「ジョン・ディーコン」に変わった時は、
ショックでした・・・。
あの2ndアルバムは、1stから時間を空けずに発表されたので
「驚異的な進化」を遂げた印象を受けました。
ジャケット写真もメンバー4人の顔がライト・アップされた
カッコイイもので、想像を超えた作品だったと思います。

因みに3rdアルバムのジャケ写も、メンバー4人が写っていますが、
フレディの胸毛(体毛)の凄さに度肝を抜かれたものです(爆)。

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