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プロフィール

OASI-Z

Author:OASI-Z
札幌市出身で現在新潟市在住のOASI-Z(オアシーズ)です。
10歳の時に兄の影響で洋楽に目覚めたものの、80年代後半から急にロックがつまらなくなり、「競馬必勝法」の研究に没頭するようになる。その間、約15年以上のブランクがあったものの、2006年頃から空白を取り戻すかのように、洋楽を聴き始め今日に至っております。
音楽以外では、競馬を含むスポーツ鑑賞。サッカーJ1、アルビレックス新潟の熱心じゃない サポーターとしても活動中。

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ロック夜話~8月の洋楽ヒット曲を聴きながら

毎日暑いですね~。

なんか、年々暑くなっているように思うのですが、気のせい?

先日、このクソ暑い中でゴルフをしたんですけど、死ぬかと思いましたよ。

昼食の時に、余りの暑さで調子に乗って「中生」 2杯飲んだら、

午後からのプレーで汗が止まらなくなってしまってね。

おまけに、なんだか気持ちも悪くなってきちゃって・・・

いくら喉が渇いた言っても、ほどほどにしないとね。

海よりも深く反省した、真夏の休日でした・・・。

という事で、ここ数日オリンピック漬けの毎日で、思うように更新が出来て

いないのですが(←言い訳)、今日は1971年1972年1973年1974年

そして1975年8月のヒット曲を聴きながら、まったり過ごして行きたいと

思います(笑)。


【今日の5曲】 1971年~1975年の8月のヒット曲

1.サマー・クリエイション/ジョーン・シェパード
2.メタル・グルー/T.レックス
3.ギヴ・ミー・ラヴ/ジョージ・ハリスン
4.バンド・オン・ザ・ラン/ポール・マッカートニー&ウイングス
5.そよ風の誘惑/オリビア・ニュートン・ジョン




サマー・クリエイション/ジョーン・シェパード(1971年8月のヒット曲)


洋楽を聴き始めた1971年の夏、ヒットしていたのがこの曲でした。

マックスファクターのCMソングに使われていた曲で、OASI-Zにとって「夏」

をイメージする曲と言えば、今でも「サマー・クリエイション」なのです。

もう40年以上前のヒット曲なんですけどね・・・。

因みに、このシェパードさんは千昌夫さんの奥さんだった方で、一時期

「新婚さん いらっしゃい」の司会も、務めておりましたね。



メタル・グルー/T.レックス(1972年8月のヒット曲)


ロック・ミュージシャンで一番最初に好きになったのは、マーク・ボラン

その辺の所は、ここにも書いたんですけど、それまでは「ポップス」

ヒット曲を中心に聴いていたのですが、「ロック」のカッコ良さに惹かれて

聴くきっかけになったのがT.レックスだったのです。

この頃のマーク・ボランは、ファンが待ち望むアイドル性やカリスマ性を

備えたロック・スターを意識的に演じていたわけですが、決して健康的な

アイドルでは無く、何処か影がある、危うさが漂うポップ・アイコンでした。



ギヴ・ミー・ラヴ/ジョージ・ハリスン(1973年8月のヒット曲)


この1973年、それまで「学習」「科学」の付録を楽しみに購読して

いたOASI-Z少年は、いつの間にか音楽雑誌の 「MUSIC LIFE」

愛読するようになっていました。

その、初めて買った「ML」に、この「ギヴ・ミー・ラヴ」の歌詞が

載っていたのを、今でも覚えています。

「愛を与えたまえ 愛を与えたまえ」という、格調高い和訳に日本の

歌謡曲との大きなギャップを感じずには、いられませんでしたね~。



バンド・オン・ザ・ラン/ポール・マッカトニー&ウイングス(1974年8月のヒット曲)


中学生になったOASI-Z少年は、夏は「野球部」、冬は「スキー部」と部活動

に精を出す毎日を送っておりました。その為、帰宅時間がそれまでに比べて

遅くなり、洋楽チャートのラジオ番組を、聴く時間も減っていきました。

そんな中、元ビートルズ・メンバーの中で、一番出遅れていた感があった

ポール・マッカトニーが、傑作アルバム 『Band On The Run』 を発表。

シングル・カットされた、この「バンド・オン・ザ・ラン」も、全英、全米、日本

の洋楽チャートで、それ迄の鬱憤を晴らすかのように1位を獲得したのです。



そよ風の誘惑/オリビア・ニュートン・ジョン(1975年8月のヒット曲)


そして、なんと5曲目の1975年は、オリビア・ニュートン・ジョンです(笑)。

正直、この頃はヒット・チャートへの興味が薄れ、洋楽の情報はロック雑誌

からの知識が殆どを占めるという状態でした。そのロック雑誌も、ミーハー

色が強まり、商業主義に走り出した「ML」を止めて、「音楽専科」に変えた

のが、この頃でした。

ただ、現在のようにネット等で音源を自由に聴ける時代では無かったので

活字という限られた情報から、自分の好みのバンドを選ぶ「臭覚」を磨く

必要がありました。アルバムの購入では失敗に泣いた事も有りましたが

クイーンのように、メジャーになる前から「自分が発掘した(笑)」と自信

を持って言えるバンドと出逢えた時は、格別でしたね~。

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さぁ、なでしこの試合を観る為に仮眠をとりますか?

それとも、ずーと起きて頑張りますか(笑)?



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THEME:洋楽 | GENRE:音楽 |

COMMENT

71~75年の八月、けっこうメジャーどころがランクインしていたんですね。やっぱりこの頃の洋楽は素晴らしい!! ジョーン・シェパード以外は納得!!
千政夫はかなりの高額の慰謝料払って、寒い夏を過ごしたとか??

シュガー・シェイカーさん、いつもコメントありがとうございます。

実は75年8月の洋楽チャート1位を独走していたのが、ウイングスの
「あの娘におせっかい」だったのですが、さすがに2曲続けられ
なかったので、オリビアにしました(笑)。

「元ビートルズ」という肩書が不要なくらいに、当時のポールの
勢いは、凄まじいものがありましたね~。

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