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プロフィール

OASI-Z

Author:OASI-Z
札幌市出身で現在新潟市在住のOASI-Z(オアシーズ)です。
10歳の時に兄の影響で洋楽に目覚めたものの、80年代後半から急にロックがつまらなくなり、「競馬必勝法」の研究に没頭するようになる。その間、約15年以上のブランクがあったものの、2006年頃から空白を取り戻すかのように、洋楽を聴き始め今日に至っております。
音楽以外では、競馬を含むスポーツ鑑賞。サッカーJ1、アルビレックス新潟の熱心じゃない サポーターとしても活動中。

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『the70's②を聴きながら』(後編)

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【今日の5曲】  ~テーマ『the70's②を聴きながら昔を懐かしむ特集』(後編)~
4.悲しき鉄道員/ショッキング・ブルー
5.愛の休日/ミッシェル・ポルナレフ

1970年代の前半、私はラジオをこよなく愛する小学生でした。

特に「洋楽ヒット・チャート」ものが大好きで、当時住んでいた札幌の
ローカル・ラジオ「STVラジオ」(←札幌テレビラジオって変じゃね?)で
月曜~土曜の17:00~17:30に放送していた「はい、ダイヤルリクエストです」
というラジオ番組に、学校の帰り公衆電話から洋楽好きの友人と、
リクエストをよくしたものです。

他では、同じSTVラジオ日曜午後の「サンデー・ジャンボ・スペシャル」とか
日曜朝8:00から、亀淵昭信さんの「ポップス・ベスト10」とか、みのもんたがDJの
「オール・ジャパン・ポップス20」や土曜深夜にあの「ラングラージーンズ」の提供で
アメリカ・ビルボードのチャートを紹介していた「ラングラージーンズ・ビルボード」
日曜お昼に放送していた、番組名を忘れた番組(汗)などをこよなく愛しておりました。

これらの放送のランキングを毎回ノートに記入し、1年が終わる頃にノートに
まとめた年間ランキングを自分で集計して「年間1位」を予想して楽しむという、
いたって普通の小学生時代を過ごしました。

当時は「ラジカセ」なんていう「文明の利器」は我家には無く(涙)
ノートへの記入は、いつもリアルタイムの放送を聴きながらという「緊張感」が
有りました。

朝早い番組の為に、寝る前にラジオとノートと鉛筆を枕元に置いて寝たり、夜遅い
番組の為に仮眠をとって夜に備えたりといった、涙ぐましい努力も忘れられません。

また、自分の都合でラジオを聴けない時は、洋楽好きの友人にノートを渡し、
ラジオを聴いてもらい「ランキングの記入」をお願いしたことも有りました。

1970年代の前半という時代に「洋楽」を聴くことは、本当に大変だったんですよ(笑)

今は、こんな便利なCDが安く手に入るんですから。夢のような時代です・・・。

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という事で、先日の続きで4曲目はショッキング・ブルー「悲しき鉄道員」です。
ショッキング・ブルーはオランダのバンドで、当時日本ではかなりの人気がありました。
大ヒット曲「ヴィーナス」を始め、「ショッキング・ユー」(この曲は1971年の上記の
“はい、ダイヤルリクエストです”年間ランキング2位!)といった日本人好みの
「歌謡曲」っぽい、哀愁を感じさせるメロディ・ラインが特徴でした。
この「悲しき鉄道員」「悲しき恋心」「悲しきハプニング」「悲しき三部作」
言われ大ヒットしたナンバーです。
でも70年代前半、「鉄道員」は花形の商業だったんですかね?
当時日本では、まだ「JR」ではなく「国鉄」と言われていた時代ですからね。

それにしても「鉄道員に恋をしちゃダメ、だめ、だめ、だめ」と言われてもね。
機関車トーマスの立場は、どーなる?



そして、最後の曲はミッシェル・ポルナレフの1972年の大ヒットナンバー
「愛の休日」です。
上記で、ショッキング・ブルーの「ショッキング・ユー」の1位を阻んだのが、
このミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」でした。
サングラスをした顔に、フランス語の甘いヴォーカルが当時、日本の女性ファンの
心を奪ったのです。まぁ、サングラスの下の顔はよく分からないんですけどね(笑)。
またこの人、ヌードになって股間を帽子で隠した写真が披露されるなど、アイドル
らしからぬ話題も、振りまいてくれたものです。
このポルノレフポルナレフも「愛の願い」「愛のコレクション」「愛の伝説」など
「愛のシリーズ」
の邦題が、彼の爆発的な人気の一因になったと言えるでしょう。

当時の洋楽ポップスは、いかに気の利いた上手い「邦題」をつけられるかどうかで
ヒットに結びついていた感がありますね。



ところで、あの時のノートはどこにいったんだろうな・・・。

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THEME:洋楽ロック | GENRE:音楽 |

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