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OASI-Z

Author:OASI-Z
札幌市出身で現在新潟市在住のOASI-Z(オアシーズ)です。
10歳の時に兄の影響で洋楽に目覚めたものの、80年代後半から急にロックがつまらなくなり、「競馬必勝法」の研究に没頭するようになる。その間、約15年以上のブランクがあったものの、2006年頃から空白を取り戻すかのように、洋楽を聴き始め今日に至っております。
音楽以外では、競馬を含むスポーツ鑑賞。サッカーJ1、アルビレックス新潟の熱心じゃない サポーターとしても活動中。

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芦毛の怪物、オグリキャップ死す!

OguriCap Dead

7月3日、けい養先の北海道・新冠町の優駿スタリオンステーションで
放牧中に骨折。すぐに治療センターに運ばれたものの、残念ながら
死亡したようです。

オグリキャップが中央に登場した昭和63年というのは、私が競馬に
本格的にのめり込んだ時期と、ほぼ同じ頃でした。

当時、私はオグリキャップより同じ芦毛の1歳年上のタマモクロス
という馬が好きでした。
(タマモクロスの父で「白い稲妻」といわれたシービークロスが
好きだったので・・・)

当然1歳年下のオグリキャップは、タマモクロスのライバルであり
初対決となった秋の天皇賞では、当然負けられなかったわけです。

しかし、ここはタマモクロスが古馬の貫禄を見せ、オグリキャップに
中央入り後初の黒星をつけます。

そして昭和63年11月27日、私がタマモクロスを応援するために、晩秋の
東京競馬場に駆けつけたジャパンカップで、2頭は再び戦う事になります。

Japan Cup タマモとオグリが外国馬を迎え撃つ

Tamamo CrossOguri 1
タマモクロス(左)とオグリキャップ(右)

このジャパンC、残念ながら私のタマモクロスは2着。
しかしそれ以上に驚いたのは、マイラーだと思われたオグリキャップが、
2,400mの東京コースで、タマモクロスに次いで3着に入った事。

そして2頭の三度目の対決で最後の対決、更に「昭和最後の名勝負」
なった有馬記念で、私のタマモクロスはオグリキャップに初めて後塵を
拝することになったのです。

それは、あたかも「芦毛伝説の後継者」として先輩のタマモクロスが
オグリキャップに「あとは頼んだぞ」と託したかのようでもありました。

明けて5歳(現在の表記では4歳)になったオグリキャップは、秋の
オールカマーから始動することになりました。

鞍上には、タマモクロスの主戦ジョッキーだった南井克巳が手綱を取り、
休み明けをものともせず、強いレースでこのレースを完勝。

何故、オグリキャップがあれだけのアイドルホースになったのか?と
いうと、このオールカマーから暮れの有馬記念までの南井騎手と共に
激闘を繰り広げた「5歳のオグリキャップの6戦」
があったからこそ
だと思います。

デビュー17年目にして、上記のタマモクロスで初めてG1レースを勝った
苦労人「南井克巳」と、地方からやってきた雑草のような血統の野武士
「オグリキャップ」が妙にオーバーラップして、ファンの心を掴んだのだと
思います。

泥臭く、一生懸命に走るオグリキャップと、決してスマートさは無いものの
とにかく豪腕で最後まで、馬を鼓舞しながら必至に追い続ける南井克巳。

競馬ファンは、その「人馬一体」となった「直向きな姿」に心を打たれ、
中央のエリートどもを蹴散らす姿に、大きな夢を抱いたのです。
まるで自分自身を投影するかのように・・・。

言葉は悪いですが、南井騎手の少しヒヤヒヤさせる騎乗振りが、オグリ
の人気に拍車をかけたと言っても過言ではないでしょう


恐らくあの6戦を「天才武豊」が手綱を取っていたら、オグリの人気は
あれほどには、ならなかっただろうと思います。
それは良くも悪くも、武豊の騎乗にはドラマ性を感じさせないから・・・。

オグリキャップは続く毎日王冠で、その年の天皇賞・春、宝塚記念を
勝ったイナリワンをマッチレースの末、鼻差で下し連勝。
ファンの期待を背負い、1番人気で秋の天皇賞へ駒を進めたのです。
そして、私も今度はオグリキャップを応援するために、東京競馬場へ
足を運びました。

Tennosyo Aki

Oguri 2Oguri 3
    少し白さを増した馬体       南井騎手が跨り気合マンマン

しかし、平成元年10月29日に行われた秋初戦のG1レース天皇賞・秋
オグリキャップは、最後の直線で物凄い追い込みを見せたものの、武豊騎乗の
スーパークリークに敗れてしまうのです。
(ヤエノムテキのマークが厳しく、外に出すのが遅れたのが敗因)

ただ、この敗戦があったから「オグリ劇場」のクライマックスである
マイルチャンピオンシップジャパンカップに繋がるのです。

マイルCSで「あの絶望的な位置からの追い込み」と、レース後の南井騎手が
インタビューで見せた涙、そして常識では考えられない「G1レースの連闘」
迎えたジャパンCで、1着馬のホーリックスと同タイムの2着。
世界レコード2分22秒2は、暫く伝説のタイムとして語り継がれることに
なります。



しかし、激闘を続けてきたオグリキャップにその年6戦目となる有馬記念では既に
「おつり」は残っていませんでした。
ただ、惨敗してもおかしくない状態だったにもかかわらず、5着に粘ったのは
流石としか言いようがありません。

そして結果的に南井騎手はこの敗戦で、オグリから降ろされる事になります。
(枠順が1番でなければ、直線でもう少し粘れたと思うのですが・・・)
同時に、この有馬記念で私の中のオグリキャップが、終止符を打つ事に
なったのです。


6歳(現在の5歳)のオグリキャップはG1の安田記念を勝ったものの(武豊騎乗)、
その後は燃え尽き症候群といえるような、不甲斐ないレースを繰り返しました。

そしてラストランとなった武豊騎乗の「有馬記念での復活!」は、相手に
恵まれた感があるものの、天がオグリにくれたプレゼントだったのだと思います。

ただ、その時の感動は私にとっては、5歳時の「南井と戦った6戦」の感動には
遠く及ばないのです。


あれから20年が経ちます。
その後、オグリキャップより強い馬は登場しましたが、オグリキャップほど
「感動的なドラマ性のある」馬は出現していません。

競馬の幸福な時代に突如現れた、雑草魂に溢れたの芦毛の怪物
東京競馬場で17万人の観客の「地鳴り」のような(殆ど)男の歓声」の中で観た、
オグリキャップの姿は、この先も私の心の中から消える事は無いでしょう。


心から、ご冥福をお祈りいたします・・・。

Oguri His

Oguri Phot
ありがとう、オグリキャップ!

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THEME:競馬 | GENRE:スポーツ |

COMMENT

残念なニュースでしたよね。。
亡くなった記事が、スポーツ紙でここまで大きな一面で扱われる”馬”もそうそういないでしょうか!
ボクは南井騎手が騎乗してたのは正直よく分かっていません。(てっきり南井サンではなく岡部サン騎乗かと今まで思っていましたぁ。。大汗”)

ただ”芦毛”なのに若い頃ゆえ?まだ全然白くない(!?)頃のオグリが好きで今でも憶えています。引退頃のもろ”芦毛”の頃は個人的にはあまり好みじゃなかったかもデス(汗”)
レースっぷりには超感動でしたけど~。。。

次に出てきたトウカイテイオーの方が好みだったかなぁ~(笑)♪
彼も有馬記念でドラマを作ってくれたじゃないですかッ!?ボクは確か、その有馬で負けた(しかも骨折)ときの馬券を買ってた様な想いがあります。
このオグリの活躍からボクはその競馬のドラマチック性には憧れましたね~♪・・・あとはあの”ダビスタ”にハマりましたぁv-410v-356

初めまして。こちらへのコメントどうもありがとうございました。m(__)m

時代はバブル景気の真っ只中に地方競馬からやって来て次々と重賞レースを勝ち続けては、多くのライバルたちとの死闘を演じた。
そしてあの有馬記念でのラストラン。
もうオグリキャップは終わったなどと囁かれながら、奇跡ともいえる激走。
ホント最後までドラマ性のある素晴らしい馬でしたよね。

ここ数年、競馬人気の低迷が続いてますが、またオグリブームの頃のような熱狂が戻る日を待ち望みたいです。

sihukuさん

土日は競馬があるので(汗)、コンビニで早朝にスポーツ新聞を買うのですが、それで「オグリキャップ死亡」のニュースを知りました。
(W杯サッカーを押しのけての1面ですからね~)

オグリキャップの4歳~5歳の頃(現在の3歳~4歳←あーややこしい!)は、白というより灰色でしたね。
それは「馬体が若々しいから黒っぽいのだ」と言われておりました。
人間の白髪と同じなんでしょうかね~(笑)。

オグリのラストランの時は、私は芦毛伝説の後継者ホワイトストーンが好きになっていて、馬券もホワイトストーン⇔メジロライアンの枠連(当時馬連発売なし)1点勝負をしていたので、オグリの復活には正直驚きました。
フジTVの実況でアナウンサーが「オグリ先頭!」と叫んでいる脇で、大川慶次郎さん(故人)が「ライアン!ライアン!」と声を発しているのが、とても懐かしいですe-350

トウカイテイオー(東海帝王と書くとあまり強そうじゃない(笑))、も1年振りの有馬記念で復活したんですよね(涙)。田原成貴騎手も、あの頃は輝いていたんですけどね~。

ダビスタも血統を勉強する為に(笑)やりました。
滝登騎手や小田部騎手が続いて騎乗してくれると、嬉しかったですね。
調教師や馬主の気持ちになると、なんだかんだ言っても一流騎手に乗ってもらいたいものですね~。
ただ、レース中にズルズルと下がっていって、その後悲しげな音楽とともに「予後不良」の画面になるのが、辛かったですねv-406

コメント、ありがとうございました。

KOJIさん、こちらこそありがとうございます。

あのオグリの時代からナリタブライアンの時代までが、競馬ブームの全盛期でしたね。
あの頃のオグリやタマモクロスのように、ドキドキさせながら重賞を連勝する馬が今は居ないですものね~。

ディープインパクトが、いくら連勝を重ねても「サンデーサイレンス」「武豊」「無理をしないローテーション」など安心感に溢れるレースぶりで、ファンを魅了するという点では物足りなかったと思います。
(三連単持っていた菊花賞は、かなりドキドキしましたが・・・)

私自身もPATで馬券購入するようになって、競馬場には行かなくなりましたし、皆さんあまり競馬場に足を運ばなくなったのも原因の一つでしょうね。
また、G1レース体系がしっかりして以前のような「夏の上がり馬」的な馬、一夏越して強くなった馬が出にくくなって、「春の勢力そのまま」で秋を迎えるようになったのも残念な事です。
(その割には3歳の有力馬が天皇賞・秋に向かうので、菊花賞は手薄になって荒れるのですが・・・)

今は「牝馬の時代」でそれなりに盛り上がっているのですが、逆に言うと牡馬が情けないだけなんですよねe-351
でも「サンデーサイレンス絶対政権」が崩壊して、その子供たちの戦いが繰広げられているので、以前より魅力溢れる馬が出現するんじゃないかと、期待しております。
個人的には再び「芦毛の時代」が来る事を、望んでいますe-456

コメント、トラックバック、有難うございました。
(私もトラックバック送ったのですが、表示されないのは何故?送り方が悪いのかな)

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